HOME>西日暮里を知る>西日暮里を知る

現在の西日暮里

西日暮里は現在の行政地名は荒川区西日暮里ですが、以前は日暮里村とよばれていました。日暮里村は元来新堀村と呼ばれていましたが、名前の由来については様々な説があり、関東管領上杉氏の家臣である太田道灌の家臣が存在したため名付けられたという説もあります。新堀村には高台が存在し、江戸時代には虫の音を聞くことができたり、月や夕日等の美しい景色を眺めることができたりする場所ということで、文人達が集う場所として知られていました。いつしか日暮の里と呼ばれるようになり、新堀の代わりに日暮里の字が当てはめるようになりました。現在では西日暮里公園道灌山周辺となり、公園の奥には説明板も存在するため史跡として歩くと楽しむことができます。史跡として歩く際は、本行寺に行くこともお勧めです。見晴らしが良いため、太田道灌が敵の様子を探る斥候台を築いたとも伝えられています。本行寺の本堂の裏側には徳川慶喜の懐刀であった永井尚志のお墓も存在します。また、小林一茶が本行寺を訪れたともいわれています。本行寺までは西日暮里から数分で到着しますが、西日暮里駅周辺は以前は駄菓子問屋街となり、多くの店舗が存在しました。現在は駄菓子屋は現在は数軒となっていますが、昭和30年代から40年代を連想させるレトロな木造建築で買い物を行うことができ、昔の雰囲気を楽しむことができます。

What’s New